名優・水谷豊と共に
人気刑事ドラマ『相棒』を支える男 後編
和泉聖治(映画監督)


脚本に納得できず監督を降りた事もあった

 

Q 長寿番組ならではの苦労はありますか?

 

まず脚本作りは大変ですよね。はっきり言っておもしろい脚本もあり、非常に厳しい脚本もある。これは仕方ない部分もあるのですが1人の作家さんが担当するわけではなくて、何人かに書いて頂いています。

まず「相棒」の世界観を掴むまでが大変です。とはいっても撮影が始まれば放送に穴を開けるわけにはいかないのでどんどん書かないといけない。そうするとどうしても、内容的に厳しい脚本が上がってくる時もあります。でもやらないといけないので撮影をしながら修正して行った事もありました。

実をいうと、僕は1本、監督を降りた事があります。慌てて別の監督が「仕方ないので」と代役で撮影した。僕は「犯罪だよ、こんな作品撮ったら」と、そこまで言いました。でも放送に穴が開いてしまうので、どうしてもやらないといけません。 

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ある時、内容的に厳しい脚本で撮影する事になった時、豊さんは僕に「これは神の試練ですよ」と言いました。「こういう状況を逆に楽しもうじゃありませんか」と。豊さんは台詞を言わないといけないから僕より何倍もしんどい思いをしている。なのに表情ではそういう気持ちは出さない。

僕は豊さんにそう言われて「そうだな、無理だと思った脚本でもどこまで面白く仕上げる事が出来るか、鑑賞に耐えうる作品に仕上げられるか楽しんでみよう」と思えました。

毎回それが続くのならば無理ですし、豊さんもスタッフも本当に心が折れてしまうと思います。でもこれだけの長寿番組ですからね。時々訪れるそうした試練を乗り越えることで『相棒』シリーズはさらに面白い作品になってきました。

 

天才役者、水谷豊の魅力とは

 

俳優・水谷豊は、一言で言えば「天才」です。例えば『相棒』の撮影が始まると、豊さんは毎日撮影になります。監督は僕ひとりでは撮れないので何人かで担当しますが、豊さんは毎日毎日、あのとても長い、杉下右京の台詞を毎日覚え続けます。もうほんと、どうやって覚えるのかなと不思議に思います。

他の俳優さんは、さすがに豊さん程は出来ません。以前、他の作品でちょっと『相棒』風にやってみようかなと思い、俳優さんに長い台詞をお願いしたりもしましたが、途中で止まってしまうんです。僕の顔を見て、「和泉監督、ちょっと待って下さい、いじめないでくださいよ」とか、そういう人がほとんどです。

豊さんは「いじめないでください」なんてもちろん言わないし、それが出来てしまう。「どうやって台詞覚えているのかな」と不思議に思い、何度か聞いてみましたが教えてくれませんでした(笑)。

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人間的にも非常に魅力的な方です。あれだけ緊張感ある長い撮影が続くと、普通は精神的に不安定になったりするものですけど、豊さんに限ってはまったく変わらない。

撮影中の豊さんは杉下右京そのものです。紳士的であり、朝はスタッフとハイタッチ、あるいはハグ。そしてゲストをものすごく大切にします。

以前、助監督のスケジュールの勘違いで、豊さんを5時間くらい待たせてしまった事がありました。

相手役が来ないので右京のシーンが撮れなかった。でも豊さんはメイクをしたまま杉下右京のままずっと待っていてくれました。「いや、とんでもない、大丈夫ですから」と言って。怒ったり不機嫌な態度をとったりもしない。「この人は本当に凄い」と思いました。

 

 Q 『相棒』シリーズの撮影中はどんな生活リズムになりますか?

 

撮影が始まると毎日仕事になります。撮影が終われば編集、仕上げと同時に次回の打ち合わせがあり、気付いたらロケハン、そして撮影……といった生活です。

撮影中は朝5時には起きて現場に向かう準備をします。夜の撮影シーンがなければ早く終わるので、その時が一番楽しみです。「さて、今日は何を食べようかな」と。

「どこかに呑みにいこう」とか「誰かに会いに行こう」という気持ちにはならないです。「食べたいものを食べて早く寝よう!」となります。撮影が早く終わった時は「今日は何を食べようかな」とそれが楽しみです。でも車をガレージにいれてしまうと面倒くさくなり、結局、出前で済ませてしまう事も多いですね。

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これだけの長寿番組を任されていると、規則正しい生活をしていないと持ちません。体調管理をしっかりしていないと、とてもこういう長いスパンの中での仕事は出来ない。『相棒』シリーズの監督になってからは、自分の体調管理を真剣に考えるようになりました。

とにかく撮影中は早くベッドに入るようにしています。
ベッドの中では作品の構想を考えたり、演出の事ばかり考えています。いたずらにいろいろな情報は必要ないと思いますし、むしろ考える時間、思考する時間のほうが大切です。

妄想しても良いし違う世界の事をぼーっとしながら考えるのも楽しい。そういう思考は『相棒』を始めてから出来上がった。でも番組の打ち上げでは昔のようにお酒を呑んだりします。その時は3日くらい仕事をあけておいて「もう倒れても良いや」と思って思い切り呑みます(笑)

 

『相棒』シリーズと『杉下右京』の最期

 

Q 『相棒』の最終回について考えたりはしますか。

 

ありますね。

「もう良いよ、もうそろそろ辞めよう」そういう気持ちが少しずつ少しずつ堆積してきて、それが豊さん、テレビ局のプロデューサー、そして僕の頭の中で体積がだんだん重なって「もう辞めたほうが良いかな」と思ったら終わるのかもしれませんね。最終回というのは必ずあるわけで。

 

Q では、妄想するとして「杉下右京」はどんな最後を迎えると思いますか?

 

僕は、右京はロンドンに帰るのではないかな、と予想しています。

これは『相棒』シリーズの相当なファンでなければわからないかもしれないですけど、シリーズ11の第11話、2013年11月の元日スペシャルで放送された「アリス」でそれを匂わすようなシーンがありました。

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英国イメージ休暇でロンドンを訪れた右京が向かった先はロンドン留学時代の恩師の奥様、「アリス」が眠るお墓。右京はそこでお墓参りをしていた。
いったい何があったのか。
僕は非常に興味があったので脚本家に聞いてみた。
そうしたら「アリスはとりあえず、よくわからないけど書いただけですよ」と言われてしまい(笑)。
「え~っ!? そんなんで脚本書いているの」と(笑)。
でも僕の中では、アリスの謎というのはすごく面白いし興味がある。

「ロンドンの郊外にあるアリスのお墓に墓参りに行く杉下右京に何があったのか」というのは、いまでもすごく知りたい。個人的な思いとしては「杉下右京にはロンドンの街で難事件を解決して欲しい」と期待しています。

 

Q 最後に。和泉監督が生涯最後に撮りたい作品は?

 

撮りたいテーマはたくさんありますが、まだそこまで考えた事はないかな。挑戦した事のないジャンルもあるので、それを「おっかなびっくりでもやってみよう!」とか思ったりはします。

「偉いところに脚を踏み入れてしまった」と思うかどうかわからないですけど興味があるんですよね。例えばミュージカルのような作品。『ウエストサイド・ストーリー』とか、昔、わくわくしながら見た作品ですし。

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生涯最後は 男の話、一番自分の中で納得できる、人には理解できなくても自分の中で思い描いているような男の話。そういう人物を描けるのであればやってみたい。あとは舞台ですね。昔一度、頼まれた事があって、その時は断ってしまったけど、舞台の空間をどう活かしてどう演出するかというのは非常に興味があります。そのためにも、これからも睡眠や健康には気を配って行きたいと思います。