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	<title>寝具 | エムール睡眠・生活研究所</title>
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	<description>人々が自分の睡眠を正しく認知し、適切な対処ができる社会を実現するため 睡眠セルフマネジメントの研究・啓発を行っています。</description>
	<lastBuildDate>Sun, 26 Dec 2021 23:00:16 +0000</lastBuildDate>
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		<title>ねむりくらし研究所おすすめママもお腹のベビーもしあわせいっぱい妊婦さんのための抱き枕、エムールのマムピロー</title>
		<link>https://nemuri-kurashi.jp/bedclothes/2250-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[エムール睡眠・生活研究所]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 24 Dec 2021 02:54:59 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>「腰が痛くなって眠れない」「理由もなく不安なってしまい夜中に目が覚める」など、妊娠中の女性ならではの悩みはなかなか理解されにくいものです。そんな妊婦さんならではの悩みをサポートするために開発された抱き枕が、エムールのマム</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2316" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/マムピロー写真-1.jpg" alt="マムピロー写真 (1)" width="640" height="427" />
<p><strong><span style="color: #ff99cc; font-size: 12pt;">「腰が痛くなって眠れない」「理由もなく不安なってしまい夜中に目が覚める」など、妊娠中の女性ならではの悩みはなかなか理解されにくいものです。そんな妊婦さんならではの悩みをサポートするために開発された抱き枕が、エムールのマムピローです。抱き枕はなぜ妊婦さんにオススメなのか。エムールのマムピローは、これまでの抱き枕とはどこが違うのかを解説します。</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>妊婦さんに抱き枕をおすすめする理由</h3>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;">仰向け、横向き、そして、うつ伏せと寝姿勢はひとそれぞれですが、お腹の大きな妊婦さんの場合は、</span><span style="font-size: 14pt;"><span style="color: #ff0000;">ややうつ伏せに近い横向きの寝姿勢が最もリラックスできる</span> と言われています。<br />
ただし横向きの寝姿勢は肩や腰の横部分に体重が集中しやすいデメリットもあります。それを抱き枕に腕や脚を乗せる事で体圧を分散して、理想の横向き寝の姿勢を保つ事が出来るのです。</span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2237" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/illust1.jpg" alt="illust1" width="640" height="300" />
<h3>抱き枕の効果</h3>
<p>&nbsp;</p>
<h4 class="h4_01"><span style="color: #ff00ff; font-size: 14pt;"><strong>癒(いや)し</strong></span></h4>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;">抱き枕は元々、寝具としてだけでなく、癒(いや)しを目的とした商品でもあります。<br />
<span style="color: #ff0000;">「抱きつく」という行為そのものが人に安心や癒しを与えてくれるのです。</span><br />
赤ちゃんの頃に、ママに優しく包まれるようにして抱かれていた記憶が大人になっても残っているせいかもしれませんね。</span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone  wp-image-2238" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/illust2.jpg" alt="illust2" width="317" height="297" />
<p>&nbsp;</p>
<h4 class="h4_02"><span style="color: #ff00ff; font-size: 14pt;">腰痛予防</span></h4>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;">お腹が大きくなったお母さんにとって最大の悩みは腰痛かもしれません。<br />
抱き枕は片方の足を乗せる事で身体に掛かる重みを分散し負担を和らげる効果があると言われます。</span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2239" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/illust3.jpg" alt="illust3" width="640" height="300" />
<p>&nbsp;</p>
<h4 class="h4_03"><span style="color: #ff00ff; font-size: 14pt;">いびき(睡眠時無呼吸症候群)改善</span></h4>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;">あお向けで寝ていれば胸郭や横隔膜を十分に開くことが出来、深い呼吸ができます。でも妊婦さんは仰向けでは眠れません。<br />
横向き寝の場合、両腕が体の前で重なるため、胸郭や横隔膜が圧迫されがち。抱き枕を使うことで腕と腕との間に空間が生まれ、胸郭や横隔膜が圧迫せず、深い呼吸をするための余裕が生まれます。</span></p>
<p><span style="font-size: 14pt;"><img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2240" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/illust4.jpg" alt="illust4" width="640" height="600" /></span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3><span style="font-size: 14pt;">妊婦さんのために開発された抱き枕、エムールの〝マムピロー〟</span></h3>
<p>&nbsp;</p>
<h4 class="h4_01"><span style="font-size: 14pt;">幅広で厚みのある勾玉形状で腰への負担を減らします</span></h4>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;">エムールのマムピローは、<span style="color: #ff0000;">妊婦さんの腰への負担をより軽減させるため勾玉形状にデザイン</span>されています。通常の抱き枕でもひざと脚の間に枕を挟む事で腰への負担は軽減されますがマムピローはさらにこの機能が充実しています。<br />
通常の抱き枕より、ひざと脚で挟む部分をさらに幅広にする事でよりらくな姿勢を長時間保てます。また寝た姿勢から起き上がる動作をしやすく工夫されているのが特徴です。</span></p>
<img loading="lazy" class="wp-image-2315 aligncenter" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/1-DSC_03401.jpg" alt="1-DSC_0340" width="639" height="479" />
<p style="text-align: center;"><span style="color: #ff00ff; font-size: 14pt;">お腹にやさしい正面挟み</span></p>
<p><span style="color: #ff00ff; font-size: 12pt;"><img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2314 aligncenter" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/1-DSC_0330.jpg" alt="1-DSC_0330" width="640" height="479" /></span></p>
<p style="text-align: center;"><span style="color: #ff00ff; font-size: 14pt;">腰にやさしい背面挟み</span></p>
<p style="text-align: center;"><img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2345" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/1-DSC_0344.jpg" alt="1-DSC_0344" width="640" height="291" /></p>
<p style="text-align: center;"><span style="color: #ff00ff; font-size: 14pt;">ママもベビーのようにお腹のなかにいる気分</span></p>
<h4 class="h4_02"><span style="font-size: 14pt;"><strong>妊婦さんの睡眠に理想的といわれる「シムス体位」がとりやすい</strong></span></h4>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;">おなかが大きい状態で妊娠前と同じ姿勢で眠ると、息苦しさを覚えたり眠りが浅くなってしまいがちです。特に妊娠７，８ヶ月頃は心拍数もピークになるので、動悸がして熟睡しにくくなったりもします。このような時期に仰向け寝をすると低血圧になることもありますが、これは仰臥位（ぎょうがい）低血圧症候群と言い、大きくなった子宮が下大静脈を圧迫して心臓に戻る血液の流れが滞ってしまうために起こります。このような時期は<span style="color: #ff0000;">体の左側を下(心臓を下に持ってくる)にして横向きに寝る「シムスの体位」がオススメ</span>です。<br />
「シムスの体位」は全身の力が抜けてリラックスできて寝つきも良くなるといわれます。エムールのマムピローはこの「シムス体位」をより理想的な姿勢でとれるようにデザインされています。</span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2241" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/illust5.jpg" alt="illust5" width="640" height="500" />
<p><span style="color: #3366ff;"><strong>＊シムス体位とは(Sim&#8217;s position)</strong></span><br />
<span style="color: #999999;"> 妊娠中の楽な寝方で、逆子にならないためにも良いとされている。アメリカで婦人科学の父と呼ばれた「Dr.James Marion Sims」によって19世紀に考案された。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h4 class="h4_03"><span style="font-size: 14pt;">糸は高級糸の30コーマ　伸縮性に優れた天竺編み</span></h4>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12pt;">糸の種類には「カード糸」と「コーマ糸」があります。カード糸とは一般的に使用される最も基本的な繊維のひとつ。コーマ糸は余分な短繊維を除去して繊維を平行に引き揃えるカード工程(通常の糸の作り方)の後、さらに短繊維の除去をして繊維の平行度を高めるコーマ(comb／櫛の意味)工程を施して作られます。<br />
同じ糸番手(糸の重さに対しての長さを表す数字。同じ素材であれば基本的には数字が小さいほど太い糸になり大きいほど細くなる)でも、カード糸よりコーマ糸のほうが強度は高く光沢もあります。これにより編み上げた時には<span style="color: #ff0000;">毛羽立ちが少ない肌に吸い付くような肌触りを実現</span>します。</span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone size-full wp-image-2236" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/03/illust6.jpg" alt="illust6" width="640" height="270" />
<p><span style="font-size: 12pt;">天竺編みとは、別名「メリヤス編み」とも呼ばれるニット生地の編み方の一種類になります。「天竺」という呼び方は、かつてインドのことを天竺と呼んでいました。そのためインドで作られた木綿を昔は天竺木綿と呼んでいました。丸編みの代表的な編み方で表面と裏面で顔が違う生地になり、横方向への伸縮性もあり暖かみが感じられるのが特徴です。<br />
また<span style="color: #ff0000;">サラッとした肌触りと通気性の良さも魅力で、汗などを吸い取る綿の吸湿性と、洗濯をしても乾きやすい特性の両方が活かされた生地</span>になります。</span></p>
<p><span style="color: #999999;"><strong><span style="color: #ff00ff;">豆知識 ＊糸番手の定義　＊綿糸の場合</span><br />
</strong>綿番手／１ポンド（４５３．６ｇ）あたりの長さ（単位８４０ヤード＝７６８ｍ）</span><br />
<span style="color: #999999;">＊１ポンドで長さが８４０ヤードあれば１番手。太い糸を「太番手」、細い糸を「細番手」と呼ぶ。綿番手では２０番以下を太番手、60番手以上を細番手と呼ぶ。糸の撚(よ)り(＊ねじり合わせ)が甘いとふんわりして太くても軽くなり、撚(よ)りが強いと糸は詰まっていて細くても重くなる。綿や羊毛は重いがアクリルは軽くなるなど、同じ長さで同じ重さでも太さは変わる。</span></p>The post <a href="https://nemuri-kurashi.jp/bedclothes/2250-2/">ねむりくらし研究所おすすめ<br/>ママもお腹のベビーもしあわせいっぱい<br/>妊婦さんのための抱き枕、エムールのマムピロー</a> first appeared on <a href="https://nemuri-kurashi.jp">エムール睡眠・生活研究所</a>.]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>寝具の歴史</title>
		<link>https://nemuri-kurashi.jp/bedclothes/1406-2/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[エムール睡眠・生活研究所]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 25 Oct 2021 03:00:57 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<p>「蒲団(ふとん)」とは、かつてはガマ（蒲）の葉で編んでつくった座禅用の丸い敷物のことを指し、鎌倉時代に中国から禅宗と一緒に伝えられました。わたしたちがイメージするようないわゆる木綿綿入りのふとんが庶民一般に普及し始めたの</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="color: #0000ff;"> 「蒲団(ふとん)」とは、かつてはガマ（蒲）の葉で編んでつくった座禅用の丸い敷物のことを指し、鎌倉時代に中国から禅宗と一緒に伝えられました。わたしたちがイメージするようないわゆる木綿綿入りのふとんが庶民一般に普及し始めたのは昭和以降。それまでは、綿布団はごく一部の富裕層しか買えない超高級品でした。</span><span style="color: #0000ff;">知っているようで知らない寝具の歴史をご紹介します。</span></span></p>
<h3>縄文時代~弥生時代／約1万4000年前~3世紀</h3>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>古代の人々は「むしろ」や「丸太」の</strong></span><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>ベッドで寝ていた</strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">現在の敷蒲団に相当するものは「むしろ」と呼ばれていました。「むしろ」とは「かや」「藁(わら)」「稲(いね)」「蒲(がま)」などを編んで作った敷物のことで「薦(ござ)」とも呼ばれました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">和歌山市の西田井遺跡から弥生~古墳時代にいたる竪穴式住居よりベッドの木幹跡が発見されました。この事から当時は丸太など現在のベッドに似た寝具で寝ていた事が推測できます。地面より低い土間に毛皮など敷いて寝る事で雨を凌いだりや毒蛇・昆虫による被害を避けていたのかもしれません。</span><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">むしろとは藁（わら）やイグサなどの草で編んだ簡素な敷物。菰（こも）とも呼ばれていた。<br />
</span> <span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;"><span style="color: #808080;">(参考文献『昔からあった日本のベッド　日本の寝具史』小川光暘著</span></span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1600" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/竪穴式住居1.jpg" alt="Print" width="510" height="330" /></span><span style="font-size: 14pt;"><strong>竪穴式住居</strong></span></p>
<p><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1626" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/むしろ-300x194.jpg" alt="むしろ" width="510" height="330" /><strong><span style="font-size: 14pt;">筵(むしろ)</span></strong></p>
<p><strong><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;">~掛け布団は衾(フスマ)と呼ばれていた~</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">古代では掛け布団にあたるものを衾(フスマ)と呼んでいました。「フスマ」と言えば建具の「襖」を思い浮かべますが、古代から鎌倉時代まで掛けふとんに当たるものと言えば、衾(フスマ)と呼ばれていたのです。</span></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">語源は臥（ふ）す（寝るとき）の裳（も）（着物）でフスモ、これがフスマヘと変化したのではないかと言われます。</span><span style="color: #000000;">『ねむりと寝具の歴史』(渋谷敬治著)には「フスマとは臥裳(ふすも)の義であるというのが古来の通説である。</span></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">裳は腰から下を覆う衣料をよぶが、広義に着物一般の称と解してもよい」とあります。なお素材は麻や絹、楮（こうぞ）などが使われました。</span></span></p>
<h3>奈良・平安時代／710年-1192年</h3>
<p><strong><span style="color: #0000ff; font-size: medium;">~現存する日本最古のベッドと畳~</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">当時は身分の高い人でも、いわゆるふかふかの敷き布団で寝る文化はありませんでした。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">では何で寝ていたかというと“ベッド”でした。下記は当時のベッドに関する文献になります。</span></p>
<h4>正倉院御物の寝台(御床)</h4>
<p><span style="font-size: 12pt;"><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1418" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/正倉院_寝台.jpg" alt="正倉院_寝台" width="419" height="202" /><span style="color: #808080; font-size: 10pt;">写真／正倉院展より</span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">日本に現存する最古のベッドは約１６００年前、天平勝宝８年(７５６年)に光明皇后が聖武天皇の御遺愛の品を東大寺に献納された時、他の品物と一緒に納めたといわれる正倉院御物の寝台(御床)になります。 </span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">檜製でサイズは長さ237.5センチ、幅118．5センチ、高さ38.5センチ。装飾はなくシンプルな作りですが外枠の中はスノコ状に８本の部材を組み合わせた丈夫なつくりで、上に畳など敷物をして利用されていたと推測されます。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">正倉院には同じ形の寝台がもう一つあり正方形となるように二つ並べて配置し上には帳（とばり）を下ろしていたようです。 </span></span><span style="color: #000000; font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;"><span style="color: #808080;">参考文献『昔からあった日本のベッド　日本の寝具史』小川光暘著)</span></span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #0000ff;">~畳文化の登場は奈良時代~</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">奈良時代に入り畳の文化が登場します。現存する最古の畳は、奈良東大寺正倉院にある、聖武天皇が使用した「御床畳」（ゴショウノタタミ）で、木製の台の上に置かれベッドとして使われました。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">御床畳は、現在の畳と同じように真薦（マコモ）を編んだ筵（ムシロ）のようなものを５、６枚重ねて床とし、表にい草の菰（コモ）をかぶせて錦の縁をつけてありました。 </span></p>
<h4><strong>日本最古の畳、御床畳(ゴショウノタタミ)</strong></h4>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #999999;"><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1460 size-full" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/御床たたみ.jpg" alt="御床たたみ" width="431" height="226" /></span></strong><span style="color: #999999;"><span style="color: #808080; font-size: 10pt;">写真／正倉院展より</span></span></span></p>
<h4>八重畳(やえだたみ)</h4>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">平安時代に入ると敷蒲団の中心は畳になります。畳は「重畳(かさねだたみ)する」「幾重にも積み重ねる」という意味。ちなみに何枚もむしろを重ねた畳のことを『古事記』や『日本書紀』では八重畳（やえだたみ）と呼んでいます。</span></p>
<p><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">ただし現在のような厚さのある立派な畳とは違いムシロを重ねた質素なものでした。</span></p>
<p style="text-align: center;"><span style="color: #ff0000; font-size: 12pt;"><strong><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1498" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/yaetatami-1024x516.jpg" alt="yaetatami" width="600" height="303" /> </strong></span></p>
<p style="text-align: left;"><strong><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;">~平安時代の公家貴族のねむりとくらし~</span></strong></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="font-size: 10pt;">平安時代の公家貴族は寝殿(しんでん)に暮らし母屋（もや）にすえる天蓋（てんがい）付きのベッド、御帳で寝ていました</span>。</span></p>
<h4><span style="font-size: 14pt;">寝殿(しんでん)</span></h4>
<p><span style="font-size: 10pt;">寝殿（しんでん）とは平安時代以後の公家の邸宅で公家社会における儀式・行事の場所として中世・近世を通じて重要視されました。 正面３間から５間、側面2間で檜皮葺の母屋を中心にその周辺を庇・簀子などを巡らせています。南正面側には庭から昇降する階段が設けられていて、邸内の建物には残り三方から伸びる渡殿を介してつながっていました。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">四隅に出入り口となる妻戸を設け、その他の周囲には蔀戸を吊り、塗籠(ぬりごめ)とよばれる壁と妻戸で仕切られた一室を除けば基本的には壁を作らず、丸柱が林立した構造で日中は蔀戸を開け放つことで非常に開放的な空間となりました。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">天井は、母屋部分は組入天井になります。庇は化粧屋根裏構造であったと推定され、室内は板敷でそこに畳や茵を敷いて原則として壁がないために屏風・室簾・几帳などで寝殿内部を間仕切りしていました。</span></p>
<p><span class="Apple-style-span"><b><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1575 size-full" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/01.png" alt="01" width="400" height="300" /></b></span></p>
<h4><span style="font-size: 14pt;">塗籠(ぬりごめ)</span></h4>
<p><span style="font-size: 10pt;">おもに近世以前の建物で土などを厚く塗り込んだ壁で囲まれた部屋。</span><span style="font-size: 10pt;">初期の寝殿造りでは寝室として使われた。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">一般の民家では、就寝のほか衣類や調度を保管する部屋として用いられ、近世に入り納戸(なんど)などと呼ばれた。</span></p>
<img loading="lazy" class="aligncenter size-full wp-image-1578" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/021.png" alt="02" width="500" height="300" />
<h4><span style="font-size: 14pt;">御帳(みちょう)</span></h4>
<p><span class="Apple-style-span" style="color: #ff0000;"><b><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1576" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/02.png" alt="02" width="440" height="330" /></b></span></p>
<p><span style="font-size: small;">御帳とは寝殿（しんでん）の母屋（もや）にすえる天蓋（てんがい）付ベッド。本来は座臥のための施設でしたがのちに権威の象徴となりました。</span></p>
<p><span style="font-size: small;">皇后などの場合には浜床（ はまゆか）という黒漆の台を置きましたが、通常は板敷きの上に繧繝縁（うんげんべり）の畳二帖を並べて敷いて四隅に柱を立て、その上に白絹張（きぬばり）の明障子 （あかりしょうじ）を乗せました。四隅と前後左右正面に帳（とばり）を垂らし上部四方の外側に帽額（もこう）(横幅の裂）をめぐらしてありました。</span></p>
<h4><span style="font-size: 14pt;">帳の中</span></h4>
<p><span style="font-size: 10pt;"><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1580" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/04-300x192.jpg" alt="04" width="440" height="282" /> </span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">帳の中は、日中は三方に几帳（きちょう）を立てその高さまで帳を巻き上げました。畳の上には中敷の畳・表筵（おもてむしろ）・龍鬢地鋪（りゅうびんぢしき）・茵（しとね）を重ねました。前面の左右の柱には水気除けに犀（さい）の角、または木で作られた角形をかけ て後方の左右の柱には魔除けの八稜鏡（はちりょうきょう）をかけました</span> 。</p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #0000ff;">～農民は藁(わら)にもぐって寝ていた～</span></strong></span></p>
<p class="caption" style="text-align: left;"><span style="font-size: 10pt;"><strong><span style="color: #ff0000;"><img loading="lazy" class="alignnone  wp-image-1627" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/わらのおじさん-239x300.jpg" alt="わらのおじさん" width="273" height="343" /> </span></strong></span></p>
<p class="caption"><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">公家や貴族とは違い、中世の農民の家屋は、大部分は極めて粗末なわらぶきに荒壁の小屋でした。中は狭くてきたなく、せいぜい二間か三間に仕切られた程度で、それも土間だったそうです。すすけたかまどと鍋や椀、それに犂・鍬・鎌などがありますが家財道具らしいものはほとんどありませんでした。煙</span></p>
<p class="caption"><span style="color: #000000; font-size: 10pt;">突もない小屋で火を焚いて食事をする生活。夜になれば藁(わら)にもぐって寝て、朝日の出とともに起きて働いていたと思われます。</span></p>
<h3><span style="font-size: 12pt;">鎌倉・室町時代／1192年-1573年</span></h3>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>～身分の高い人たちでも畳の上に直接寝ていた～</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;"><img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1315" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/うえに畳の上に寝ていた僧侶.png" alt="うえに畳の上に寝ていた僧侶" width="250" height="158" /><span style="color: #000000; font-size: small;"> </span><span style="color: #999999;"><span style="font-size: small;">写真／一遍上人(1239- 1289)絵伝</span></span></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #000000;">一遍上人(1239- 1289)絵伝の中に畳を運んで臥所(ふしど)の用意をする僧侶の絵があります。縁の下には菰（こも）を巻いた者と着ていた物を掛けた乞食が寝ています。この事から当時僧侶は敷布団の上ではなく畳の上で寝ていたと推測できます。 </span><span style="color: #000000;">掛けふとんが誕生するまでは貴族など身分の高い人たちでも昼に着ていた物をかけて寝ていた時代が長く続きました。また当時の資料から寝る時は裸が一般的だったと推測できます。</span></span></p>
<p class="caption"><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>～木綿(もめん)の伝来~</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">初めて日本に木綿の種子がもたらされたのは『日本後記』(巻八)や『類聚国史（るいじゅこくし）』(巻一九九)によると延暦18年ないし19年(799~800)のことだったそうです。しかし最初の栽培はうまくいきませんでした。ついで栽培の行われたのは室町末期の戦国時代。三河国で再栽培が軌道にのったのは明応年間(1492~1500)のことといわれます。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">16世紀初頭には、三河の木綿はならの市場に送られて販売され、永禄の初め(1558~1569)には三河の商人が「きわた」「みわた」などを京都へ持ち込まれたことが、『言継郷記』に記されています。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">戦国時代に木綿の栽培が成功するとそれはたちまちのうちに日本の各地に拡散されました。それは日常の衣類としてよりも、武具や陣幕、旗指物といった軍需品はもちろん、火縄銃の火縄の材料として重要度が高かったからでした。</span> <span style="font-size: 10pt;"><span style="color: #808080; font-size: 8pt;"> </span></span></p>
<p style="text-align: center;"><span style="font-size: 10pt;"><strong><span style="color: #ff0000;"> </span></strong></span></p>
<h3><span style="font-size: 10pt;"> <span style="font-size: 12pt;">戦国・江戸時代／1467年‐1868年</span></span></h3>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>~夜着(よぎ)と綿ふとんの登場~</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">綿が普及し始めた事になりそれまで着物をかけて寝ていたのが、現在の布団に近いもので寝る習慣生まれ始めます。「夜着(よぎ)」の誕生です。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">「夜着(よぎ)」という中世以前にはなかった寝具の名称があらわれたのは16世紀の後半で、それが上方で一般化し始めたのは17世紀の前半でした。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">夜着は掛布団の一種で、綿が入り着物の形をしていて「かいまきふとん」とも呼びます。特徴は肩がおおわれて保温性が高いこと。原型は鎌倉時代に武士が着ていた「湯帷子(ゆかたびら)＊浴衣の原型」になります。生地は上質のものでは絹で友禅染。庶民一般には藍染による麻や木綿製が多く、縞や絵絣、中型染め、筒描で模様を描いたものなどがあります。 <span style="color: #808080; font-size: 8pt;">参考文献「寝所と寝具の文化史」小川光暘(雄山閣)</span></span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1784" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/かいまき.jpg" alt="かいまき" width="518" height="345" />
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #0000ff;">～綿ふとんは、現代で言えば超高級車の値段!?～</span></strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">江戸時代になるとさまざま文献にふとんの記述が残っています。綿花の国内生産の発展とともに寝具としての夜着やふとんの生産が始まったのです。元禄年間（1688年ごろ）からは遊郭を中心に綿ふとんが使われるようになりました。ただしまだまだ庶民の手には到底届かない超高級品でふとん１枚がなんと30両以上もしました。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">貨幣価値はそのつど変動し、またものの価値も変化しているので単純には比較できませんが当時１両の価値は現在の20～30万円あったと言われます。30両で計算すると600万円から900万円にも！つまり綿ふとん1枚だけで超高級車が買えるほどの価値があったのです。</span></p>
<p style="text-align: center;"><img loading="lazy" class="aligncenter wp-image-1657 size-full" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/il011.jpg" alt="" width="600" height="346" /></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #0000ff;">~“紙製”の掛けふとんで寝ていた江戸の庶民～</span></strong></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">現代で言えば車一台分の価値もあった綿ふとんを買える庶民などいません。ではいったい庶民は何で寝ていたのでしょうか。貧しい庶民の間には天徳寺と呼ばれた紙ふとんが登場しました。材料は和紙でした。現代のように、庶民がふとんで眠れるようになったのは明治半ば以降でした。</span> <span style="font-size: 10pt;">幕末になると衿・袖のつかない長方形の夜着が作られるようになりました。四隅に額縁のような縁をつけたもので現代の敷蒲団と同じ形です。この頃から上掛けを大蒲団や掛ふとん、敷く方は敷蒲団と呼ぶようになりました。</span></span></p>
<p><span style="color: #000000;"><span style="font-size: 10pt;">後に敷蒲団に縁はつけなくなりますが掛蒲団の形はそのまま現在まで続いています。ただし明治時代になってもこうした寝具が使えたのは庶民の中でも一部で、農村部では相変わらず藁のかます・もみがらなどで寝る習慣は残りました。</span></span></p>
<p style="text-align: center;"><img loading="lazy" class="aligncenter size-full wp-image-1665" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/il021.jpg" alt="il02" width="347" height="353" /></p>
<p style="text-align: left;"><strong><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;">~畳文化の本格的な普及は江戸時代中頃~</span></strong></p>
<p style="text-align: left;">敷布団代わりにもなっていた畳が町民に普及したのは江戸時代の中頃でした。さらに農村では明治に入ってから普及しました。長屋などでは長屋を借りる者が自ら畳を用意し、元から敷かれているものではありませんでした。</p>
<p style="text-align: left;">そのため畳はとても大切にされ、手入れをしながら長く使っていける知恵も生まれました。それまで野生のものを使用してたイグサも本格的に栽培が始まり、江戸時代後期には畳を作って生業とする「畳職人」「畳屋」という仕事も確立し、庶民の家にも使用されるようになりました。</p>
<h3><span style="font-size: 12pt;">明治時代／1868年‐1912年</span></h3>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #0000ff;">～文明開化と綿布団の普及～</span></strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">安価な外国綿が流入し始めたことで綿布団は一般庶民にも少しずつ手の届く品物になってきました。(ただしまだまだ寝ムシロが主流である事は明治になっても変わらなかった)少しずつ、普及し始めた面布団ですが一方で問題も起こりました。吸湿性の高い綿布団で寝るようになった事で万年床ではカビが発生しました。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">明治後期になってカビ対策として誕生したのが押入れ。「布団の上げ下ろし」という習慣は明治後期から始まったものでした。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><strong><span style="color: #0000ff;">～わた屋とふとん屋の登場～</span></strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">昭和の戦前までは、布団は家庭で仕立てるもので、ふとん屋は存在せず「わた屋」が主流でした。わた屋の商品は、木綿わたや真わたが主で、古いわたの打ち直しも貴重な収入源でした。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;"> 日本で初めて既成の寝具を販売したのは京都の岩田市兵衛でした。明治21年、インド綿が大量に輸入されてきた事で、庶民にもようやく手の届きそうになった既成の布団を生産、販売しました。同じ頃、蚊帳の専門店だった西川商店もふとん販売を業務に加えました。</span></p>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>~</strong><strong>綿の流通／<span style="color: #0000ff;">インド綿の輸入により普及した綿産業~</span></strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">明治24年滋賀県から横浜に出て輸入綿糸仲立業を営んだ北川与平は、明治31年(1898年)横浜から神戸に本拠を移して　支那綿の輸入を始めた。その後江州商人が協力して「江商合資会社」として綿花の輸入と綿糸の輸出をする貿易商社となったのである。このようにして綿花輸入の本場は、大阪、神戸が日本の中心地になったのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">明治19年(1886年)から明治22年(1889年)にかけて、わが国には多くの紡績会社ができたが、原料の綿花の需要がふえたために内地綿だけでは足らず、一方シナ綿も値上がりしたので、原綿の供給が不足した。</span> <span style="font-size: 10pt;"> そこでインド綿に目がつけられた。明治22年(1889年)７月、紡績連合会の決議によって外務省書記官兼農商務省書記官佐野常樹がインドに行くことになり、大阪紡績から川邨利兵衛、玉木永久、三重紡績(＊現在の東洋紡。明治39年に大阪紡績と合併)から杉村仙之助が同行して調査にあたった。</span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">こうして両紡績会社においても、インド綿輸入の道が開かれたが、内外綿株式会社は昭和24年(1891年)２月ボンベイ・タタ紹介とボンベイ綿の一手販売の契約を結んだ。 </span><span style="font-size: 8pt;"><span style="color: #999999;"> 宮本又次著『総合商社の経営史』より抜粋参照</span> </span> <span style="font-size: 8pt;"><span style="color: #0000ff;"> </span></span></p>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>~</strong><strong>寝具用原綿の流通~</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">寝具、衣料用綿は明治20年頃まで内地産のものであった。この頃から内地の面栽培は斬次姿を消してゆき、専ら外国産の綿花に依存することになると、紡績用の如く大商社による大口取引はできない。需要の増加とともに製綿技術も発達し、当然原料綿も寝具関係用の専門原綿取引商が出現するようになった。 <span style="font-size: 8pt;"> <span style="color: #999999;">『綿の郷愁史』吉村武夫著参照</span></span></span></p>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;"><strong>~加工が大変だった輸入綿~</strong></span></p>
<p><span style="font-size: 10pt;">東京、大阪の原綿問屋が、内地綿だけを販売していたのは明治17、8年頃までで、それ以降は、安い支那綿や印度綿が、次第に輸入されるようになっていた。この安い輸入綿(支那綿)は内地綿よりこわいので、弓で撃つ場合、苦労があった。そこで比較的柔らかい上海綿や、寧波(ニンポ)綿を使用した。しかし、それでも硬いので、水を打って柔らかくして使用するのが普通であった。こんなふうであったから、明治の中頃までは、内地綿はまだ、ふとん綿にはなくてはならないものであった。 <span style="color: #999999; font-size: 8pt;">『ねむりと寝具の歴史』渋谷敬治著　抜粋参照</span></span></p>
<h3><span style="font-size: 12pt;">昭和以降／1926年～</span></h3>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 14pt;">押入れの歴史</span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1661" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/02/il03-450x300.jpg" alt="il03" width="438" height="292" />
<p>押入れに関する記述で一番古いものは宝永年間（1630頃)の西本願寺書院のものになります。ただし前述したように、長らく綿布団は高級品の時代が続いたので、現在のように押入れが普及し布団を収納する文化が生まれたのは明治以降。庶民にいたっては昭和に入って綿布団が本格的に普及してからでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h4><span style="font-size: 14pt;">わら布団と綿布団</span></h4>
<p><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;">昭和に入っても綿布団は相変わらず高級品で、戦後もしばらくはその状況は</span><span style="color: #0000ff; font-size: 12pt;">変わりませんでした。では一般庶民はいったいどんな寝具で寝ていたのでしょうか。青森県つがる市在住で１９５０年代、(昭和30年前後)のねむり環境を知る「浜辺の詩」(匿名)様から貴重な証言と写真をご提供いただきました。</span></p>
<hr />
<p><span style="color: #808080; font-size: 12pt;">幼い頃(昭和３０年代)の記憶なのではっきりしませんが、母が作っているのは「わら布団」。</span><span style="color: #808080; font-size: 12pt;">出来立ての「わら布団」は厚くて、お日様の匂いがしていました。</span></p>
<p><span style="color: #808080; font-size: 12pt;">少し大きくなった頃の記憶は、冬に向かって綿を広げながら布団をこしらえている母の姿。広げた綿を何重にも重ねて畳み、全体が出来上がったら真綿を大きく広げて綿を包み込む。小さな真綿がどこまでも大きく広がるのがとても不思議だった覚えがあります。</span></p>
<img loading="lazy" class="alignnone  wp-image-1552" src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/1-写真①.jpg" alt="1-写真①" width="486" height="642" /> <img loading="lazy" class="alignnone wp-image-1553 " src="https://nemuri-kurashi.jp/wp/wp-content/uploads/2015/01/1-写真②-300x205.jpg" alt="1-写真②" width="487" height="333" />
<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="color: #808080;">上の写真はわら布団を作っているところで、下の写真は浜でアマモ(海草の一種)を干しているところです。わら布団は自分の家で作って実際に寝ていました。</span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="color: #808080;">干したアマモは買い集める人が来て、それをまとめて近隣の商店に卸し商店に買いに来るお客さんは、床に敷いて畳の代わりにしたりまたは布団に入れて使っていたようにも聞いています。 この周辺（つがる市）は農家が多いのですが、綿は贅沢品だったし、わらも好きなだけ使えるような家は少なかったのかもしれません。</span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="color: #808080;">そのことを教えてくれたのは主人で、小さいころに店でアマモを売っているのを見ていた本人です。幼いころの主人が、母親の実家へ遊びに行ってわら布団に寝た経験も話してくれました。</span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="color: #808080;">畳にわら布団を敷き、その上に薄い綿の布団を重ね、更にシーツを使っていたそうです。それだけ出来るのはまずまず裕福な家だったからで綿の布団が無い家はわら布団だけ、それも作れない家はアマモを使っていたようです。</span> <span style="color: #808080;"> 私自身のわら布団については、記憶に残っているのはこの写真の一枚だけで、あとは普通の綿の布団に寝ていました。</span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="color: #808080;">父の仕事関係で住まいや寝具などには恵まれていたようです。それでも真冬の寒い時期には朝起きると布団の襟が吐く息で凍っているということもしばしばでした。</span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><span style="color: #808080;">昔はどこの家も隙間が多く、また今よりも寒さが厳しかったようにも記憶しています。</span></span></p>
<p style="text-align: right;"><span style="color: #999999;">写真提供／話「浜辺の詩」様</span></p>
<p style="text-align: right;">The post <a href="https://nemuri-kurashi.jp/bedclothes/1406-2/">寝具の歴史</a> first appeared on <a href="https://nemuri-kurashi.jp">エムール睡眠・生活研究所</a>.]]></content:encoded>
					
		
		
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